歴史比較

史上最強の帝国は、なぜ日本で「止まった」のか——元寇・幻の第三次遠征と、認められなかった撤退

この記事のポイント元寇は二度、神風で終わった——そう教わってきた。だが世祖フビライは三度目の日本遠征を本気で準備しており...
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カネで平和は買えるのか——北宋・澶淵の盟と、百年後に届いた請求書

この記事のポイント北宋が遼に毎年の貢ぎ物を納めた澶淵の盟(1004年)は、長く「弱腰の屈辱外交」とされてきた。だが歳幣は...
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唐招提寺で、和上の目は閉じられていた——鑑真が命がけで運び、骨抜きにされた「制度」の話

この記事のポイント鑑真は唐の仏教界で頂点に立つ高僧でありながら、十二年・六度の渡航と失明を越えて来日し、日本に「戒律」を...
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知を抱えた空海、知を配った最澄——千年残ったのは、どちらの道か

この記事のポイント平安初期、最澄と空海という二人の天才が同じ時代に現れた。当時まばゆかったのは、密教を完全な形で持ち帰っ...
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「万人恐怖」の果てに——足利義教はなぜ家臣に殺されたのか【嘉吉の乱】

この記事のポイント足利義教は「くじ引き」という神意によって選ばれた将軍であり、当初は儀礼と制度改革によって権威を構築する...
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有能な現場責任者は、なぜ切られたのか——今川了俊・九州探題解任の真相

通説は「将軍・足利義満が、力をつけすぎた了俊を恐れて切った」と語る。だが実際は違う。了俊は上から切られたのではない。横の...
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正統性を作り直した天皇——桓武はなぜ都を二度捨てたのか

桓武天皇は「弱みを克服した」のではない。弱みが弱みとして機能しない構造を、制度ごと作り直した。父・光仁天皇から引き継いだ...
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天才を必要としない組織——共和政ローマはなぜ人材を量産できたか

この記事のポイント共和政ローマの強さは兵力の多さではなく、「指導層を継続的に供給し続ける仕組み」にあったカンナエの戦いで...
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「理非」と「実効」のあいだ——足利直義の統治構想と、二頭政治の臨界

目次一 二頭、あるいは三頭 ── 尊氏・直義・師直は何を分け持ったのか二 副将軍・直義という人物 ── 「廉直」の統治者...
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「守成は創業より難し」──房玄齢 vs 魏徴の論争を読む

わずか六文字の問いがある。「草創与守成孰難」── 草創(創業)と守成と、いずれか難き。唐の太宗・李世民が臣下に投げかけた...